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仏教認識論 インド仏教
吉田 哲Yoshida Akira

専門分野の魅力・高校生へのメッセージ

私が主に取り組んで来たのは、「見る」、「聞く」、「触れる」などといった知覚に関する昔(概ね1000年以上前)のインドの仏教徒たちの議論についてです。どうして仏教の中でもこういう分野に惹かれたのかというと、一つには、「理解する喜び」を感じられたからだと思います。「見る」や「聞く」など、私にも経験可能な事柄が扱われるものですから、遠く離れた、大昔のインドの仏教徒たちの語っていることであっても、何かしら実感を伴って、理解出来たと思われる瞬間が時たまあるのです。そして「人間が語ったことであれば、理解出来るかもしれない」という希望を、そういう形で与えてくれるからかもしれません。


代表的な著書・論文

  • 「Pramāṇasamuccaya I 4cd の一解釈例」(『印度学仏教学研究』57(1) 2008年)
  • 「ディグナーガの分別の定義―五種類の語について―」(『印度学仏教学研究』58(2) 2010年)
  • 「仏教認識論において前提される認識の構造―外界実在論と唯識説―」(『岐阜聖徳学園大学仏教文化研究所紀要』11 2011年)など

仏典のことば

yo dandhakāle tarati taraṇīye ca dandhaye, ayonisosaṃvidhānena bālo dukkhaṃ nigacchati.
...... ......
yo dandhakāle dandheti taraṇīye ca tāraye, yonisosaṃvidhānena sukhaṃ pappoti paṇḍito. (Theragāthā, 291, 293)

「凡夫(愚か者)は、のんびりとすべき時には急ぎ、急ぐべき〔時〕にはのんびりとするものであるから、正しくないやり方によって、苦しみに至る。
……中略……
賢者は、のんびりとすべき時にはのんびりとし、急ぐべき〔時〕には急ぐものであるから、正しいやり方によって、楽を得る。」(『テーラ・ガーター』291, 293)
(コメント)まさにその通りだと思いました。私は間違いなく凡夫です。賢者とは何と遙か遠くの存在なのでしょう。